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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)570号 判決 1963年1月18日

控訴人 太田雅章

被控訴人 中川康隆 補助参加人 国

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、福岡県筑紫郡筑紫野町大字針摺字山伏ケ浦五七一番地の一、山林一町二反六畝歩の土地上にある木造瓦葺平家建住家一棟建坪約一五坪の家屋を収去し、右土地を明渡さなければならない。

三  訴訟費用は第一、二審とも参加によつて生じた分は補助参加人の、その余は被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文第一、二項同旨及び訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人及び補助参加人は、「控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において「一、主文第二項特記の土地の土地買収に関する買収令書は、被買収者足立知信に交付ができないものとして、昭和三二年七月三〇日福岡県告示第七一二号をもつて交付に代える公示がなされているところ、買収令書の公示には買収令書の記載事項を掲記すべく、したがつて、対価の支払の方法を公示すべきである(農地法第七二条第二、四項、第五〇条第三項)が、右公示には、対価の支払方法として「供託金還付請求による。」と掲記してある。しかし、右公示当時には、いまだ代金は供託されていないので、供託金還付請求による代金の支払は不能のことに属し、代金支払方法の公示としての効力がないといわなければならない。すなわち、本件公示には、買収令書の絶対的必要記載事項である「対価の支払の方法」を欠如し、同公示は法律上無効と解すべく、したがつて、本件土地に関しては、法定期間内に適法な買収令書の交付がなかつたことになり、買収処分は無効である。二、昭和三二年一〇月八日、供託金還付請求権者を足立知信として、本件土地の買収対価が東京法務局渋谷出張所に供託されているが、右供託は下記理由により無効である。すなわち、買収対価の供託は、いわゆる弁済供託ないしこれと同一性質のものと解すべきであるから、その供託は債務履行地の供託所になすべきであり、金銭債務の履行地は、法令に別段の定めまたは特約がないかぎり、債権者の現時の住所地というべく、したがつて債権者足立知信の供託当時の住所である調布市入間町九二番地の七を管轄する東京法務局八王子支局になすべきであり、前示渋谷出張所になされた供託は買収の対価弁済のための供託たるの効力がない。したがつて、買収令書に記載された買収の時期までに、適法な対価の支払、供託がないことに帰するので、買収令書の効力は消滅している。また供託所には、補助参加人主張のようにいわゆる管轄の定めがないとしても、調布市は距離的にも交通関係から見ても、東京法務局渋谷出張所より同局八王子支局が、最寄りの供託所であるから、右渋谷出張所になされた供託はその効力を生じない。」と述べた。<証拠省略>

被控訴人において「被控訴人は昭和三二年一〇月二八日農地法第六八条の規定により、補助参加人から本件土地の一時使用の許可を得同年度の住宅補助金の交付を受け、同地上に主文第二項掲記の家屋を建築所有し、同土地を占有している。」と述べ、甲第二号証の二は不知、その余の前示甲号各証はすべて成立を認めると述べ、

補助参加人において「(一)控訴人の前示一の主張に対し。福岡県知事は、昭和三二年七月一二日被買収者足立知信に買収令書、買収対価の支払に関する書類を郵送し、同郵便は同月一六日同人に配達され右各書類は同日同人に交付されたが、同人は乙第二号証の一の封筒に、乙第一号証の一、二、乙第二号証の二から五までの書類を同封して、福岡県農地開拓課長あてに返送してきた。同課係員は右返送をもつて、買収令書を交付することができないときに当るかも知れないと考え、大事をとつて、買収令書公示の手続をとつたのである。しかし買収令書は右のとおり、昭和三二年七月一六日足立知信に交付されているので、交付に代わる公示をする必要はなかつたし、また右公示に存する控訴人主張のかしは、公示の無効原因とはならないが、かりに公示が無効であるとしても、法定期間内に買収令書の交付がなかつたという控訴人の主張は失当である。(二)同二の主張に対し。供託が無効である旨の主張は争う。供託当時の足立知信の住所は不知である。買収対価を東京法務局渋谷出張所に供託した所以は、足立知信の住所が登記簿上、東京都世田谷区玉川奥沢町二丁目一五五番地と表示されていたので、同人の供託時の住所を右場所と認めたからに外ならない。かりに供託時の同人の住所が控訴人のいうとおりであるとしても、調布市には供託所が存しないし、債務の履行地(最小行政区画をいう)に供託所がない場合は最寄りの供託所に供託すれば足りるのである。しかも供託所につき直接その管轄を定めた規定はなく、調布市は東京法務局渋谷出張所と同八王子支局の中間に位しているので、八王子支局に供託しなければ、適法な供託でなく、前示渋谷出張所になした供託が無効な供託であるということはない。」と述べ、<証拠省略>た外は、原判決の「事実」に示してあるとおりである。

理由

一、当事者弁論の全趣旨及び各成立に争のない乙第一号証の一、二第二号証の一から五まで、乙第四号証、原本の存在及びその成立に争のない乙第三号証、成立に争のない甲第三号証の二、同号証により成立を認める甲第二号証の二によると、つぎの事実が認められる。すなわち、本件土地は昭和二二年一〇月二日福岡県知事が自作農創設特別措置法(以下自創法と書く)第三〇条に基いて買収し、同法第四一条により同二四年八月一日訴外足立知信に売渡したものであるが、同三〇年八月三一日及び同三一年五月一四日の両日に、補助参加人国が農地法施行法第一二条、農地法第七一条の規定により右土地の状況を検査したところ、同訴外人はすでに東京都に転出し 同土地を売渡通知書に記載された用途(農地)に供していないことが明らかとなつたので、国はこれを右第一二条農地法第七二条に基いて買収することとし、福岡県知事において右訴外人に対し、買取の期日を昭和三二年一〇月一五日と指定した法の定める買収令書を買収対価の受領について、同受領拒否についてと題する書類とともに郵送し、同年七月一六日これを交付した。しかるに右書類の交付を受けた同訴外人は、即日右各書類を福岡県農地開拓課長あてに郵便によつて返送し、買収対価の受領を拒否したので、国は同訴外人を供託金還付請求権者として、同年一〇月八日農林大臣名をもつてその対価金二、八〇八円を東京法務局渋谷出張所に供託したこと。よつて国は、農地法施行法第一二条農地法第七二条第四項第五二条第一項の規定により、前示買収令書に記載された買収の期日である昭和三二年一〇月一五日本件土地の所有権を取得したものとして、農地法第六八条の規定により、被控訴人に対し同地を一時無償でこれを使用させたため、被控訴人において本件土地上に、主文第二項記載の家屋を建築所有し同地を占有していること(この点は当時者間に争がない)。一方訴外足立知信は、これより先本件土地を農地法施行法第一二条農地法第七三条の規定による農林大臣の許可を受けないで、昭和二九年一〇月四日岩田良一に贈与し、即日その旨所有権取得登記をなし(これにより岩田良一が実体法上本件土地の所有権を取得したかどうかは当事者間に争があるが、以上の贈与と登記のなされたという外形的事実は、当事者間に争がない)、その頃これを岩田良一に引渡し同人は昭和三三年九月二二日訴外債権者合資会社柴六商店に対し、同土地を抵当に供して、抵当権設定登記を経、同会社の抵当権実行による競売(福岡地方裁判所昭和三三年(ケ)第五三五号不動産競売事件の競売をいう)の結果、昭和三五年三月四日控訴人において本件土地を競落し、競落代金を支払つて所有権移転登記を経了したこと(控訴人が右競売事件で本件土地を競落し所有権移転登記を経ていることは、当事者間に争がない)。国は本件土地の前示買収による所有権取得登記をなしていないこと。

以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

二、被控訴人及び補助参加人は、足立知信より岩田良一に対する本件土地の前示贈与は、農地法施行法第一二条、農地法第七三条の規定による農林大臣の許可を受けていないから、同条第三項により贈与は無効であつて、岩田良一は所有権を取得しないので、同人から本件土地の抵当権設定を受けた合資会社柴六商店は、たとえ抵当権設定登記を経ても法律上有効に抵当権を取得しないことが明らかである以上、同会社の抵当権実行による競売手続において、本件土地を競落した控訴人もまたその所有権を取得しないと抗弁し、控訴人において、農地法施行法第一二条農地法第七二条の規定による買収による所有権の取得は、足立知信に売渡された昭和二四年八月一日から起算して八年以内にしなければならないのに、八年を経過した昭和三二年一〇月一五日を買収の時期(同日国は買収によつて所有権を取得するのである)と定めた本件買収処分は当然無効で、国は所有権を取得しないと主張するので判断する。

農地法施行法第一二条の準用する農地法第七二条の規定を分析理解すれば、同条第一項は、自創法第四一条の規定により土地の売渡しを受けた者が、右第七二条第一項各号の一に該当した場合は、その土地を買収することができるが、たゞ売渡の時期から起算して八年を経過したときは買収できないと定め、同条第二項において、第一項の規定による買収は、都道府県知事が被買収者に対し第二項各号に掲げる事項を記載した買収令書を交付して行うと規定していることが明白で、右第一、二項を比照して見れば、自創法第四一条の規定による売渡の日である昭和二四年八月一日から起算して八年を経過しない昭和三二年七月一六日に被買収者足立知信に買収令書を交付して行つた本件買収処分は、たとえ、買収の時期が八年を経過した後であつても前示第七二条の規定に違反するものではないと解するのが正当である。しかも一般的に言えば、買収の時期は、買収令書交付の日時よりも後の日とするのが通常であつて、かつ妥当の措置であるから、控訴人主張のように解すれば、まさに八年を経過せんとする直前に、前示農地法第七二条第一項第一、二号所定の事実が判明し、同項第三号の事実が生じた場合においては、買収の時期を買収令書交付と同日、もしくはそれに後れる直近の日とするの外はないが、かかる事務の処理方法は法の運用上慎しむべきことで、被買収者に対し強制的に即時の退去・明渡を迫る結果を招来し、買収土地に天然果実が存在する場合には同土地の果実の収穫に関し諸種の無用の紛議を生ぜしめる一因を与えることともなるのである。よつてこの点に関し、以上の説示に反する控訴人の法律上の主張は採用しない。

つぎに控訴人は昭和三二年七月三〇日福岡県知事が買収令書の交付に代えてなした公示の違法を主張するところがあるけれども、かりに、右公示が違法であると解せられるにしても、すでに買収令書が適法に同年七月一六日被買収者足立知信に交付されていることは、先に認定したとおりであるから、右公示は念のためになされた法的には無用のものというべく、従つてかりに公示に違法があつても、前説示の判断に消長を及ぼすものではない。

三、控訴人は、国が被買収者足立知信を供託金還付請求権者として買収対価の供託をなした当時、同人の住所は調布市入間町九二番地の七であつたから、同地が買収対価金支払に関する債務の履行地であり、買収対価の供託は、弁済供託ないしこれと同一の性質を有するので、供託は同地を管轄する東京法務局八王子支局になすべく、たとえ、供託に関しては、管轄供託所を定める規定がないにしても調布市は地理的、交通的に東京法務局渋谷出張所よりも、右八王子支局が最寄りの供託所であるから、同支局に供託せずに、右渋谷出張所に対してなした供託は違法であり、したがつて対価供託の効力を生じないので、買収令書は昭和三二年一〇月一五日の経過とともその効力を失つたと主張するので考えるに、農地法施行法第一二条農地法第七二条第四項により準用される同法第五一条第三項は、同項第一、二号において供託しうる場合として、民法第四九四条と同旨のことを規定するの外、同項第三号において差押又は仮差押により対価の支払の禁止を受けた場合にも、対価を供託しうることを規定し、民法第四九四条(同条によつては、右第三号所定のときには弁済供託をなし得ないと解するのが正当である。)よりも供託原因たる場合を拡げているけれど、同条とともにいわゆる弁済供託たるの性質を有するので、その供託は、民法第四九五条第四八四条により、買収対価の支払につき債権者である足立知信の供託当時の住所地をもつて、債務の履行地とし、同地の供託所になすべきであることは、控訴人主張のとおりである。ところで、前記乙第一号証の一、第二号証の一、三、乙第三、四号証及び当事者弁論の全趣旨によれば、東京都世田谷区玉川奥沢二丁目一五五番地に住所を有していた足立知信は、昭和三二年一〇月八日の供託当時は、調布市入間町九二番地の七に転居していたことが認められるところ、調布市に供託所の存しないことは当裁判所に顕著であり、現在供託に関しその管轄区域を定める法令の規定はないので、結局債務履行地に供託所がない本件のごとき場合は、債務履行地である調布市の属する東京都内に存する最寄りの供託所(東京法務局の支局又は供託事務を取扱う出張所)に供託すれば、供託の効力を生ずるものと解するの外はない。そして、供託事務を取扱う東京法務局渋谷出張所は、調布市の最寄りの供託所でないとはいえないので、国が同出張所になした供託をもつて、供託の効力を生じない違法な供託とは解せられないので、これに反する控訴人の前示主張は採用しない。

四、農地法施行法第一二条農地法第七三条により、売渡通知書に記載された売渡しの日から起算して八年を経過する前に、売渡しを受けた者が売渡された土地を第三者に贈与し、これにつき農林大臣の許可を受けない場合といえども、贈与の趣旨・事由が、受贈者に対し同土地の処分権その他一切の権限を与え、贈与者は同土地に関する一切の権限を放棄し、(八年の経過とともに終局的には)受贈者に同地の権利を取得させる趣旨をもつて、贈与という民法典所定の典型契約を締結してこれを受贈者に引渡し、しかもその契約が前示第七三条の規定を潜脱しようとする脱法的意図を内含せず、かつ、同地が農地に地目を変更しているなど特段の事情のないかぎり、当初の贈与契約は依然債権契約としての効力を保持するが故に、受贈者は、売渡しの日から起算し八年を経過するとともに、受贈地の所有権を取得するものと解するを相当とする。これを本件について見るに、本件土地の買収令書の交付を受けた足立知信が前示乙第二号証の一の封筒に、同乙第一号証の一、二、乙第二号証の二から五までの書類を同封して福岡県農地開拓課長に返送してきたことは、控訴人の明らかに争わない事実であり、前示乙第二号証の二、甲第二号証の二、甲第三号証の二をかれこれ合わせ考えると、足立知信と岩田良一との間の前認定の本件土地の贈与契約は、右説示と同一趣旨のものであり、本件土地が農地でないことは当事者弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、受贈者岩田良一は売渡しの日である昭和二四年八月一日から起算し八年を経過した昭和三二年七月三一日の終了とともに、本件土地の所有権を取得し、また、事前に所有権移転登記を経ているので、翌八月一日以降は所有権の取得を第三者に対抗しうるにいたつたものといわなければならない。国が同年七月一六日足立知信に買収令書を交付し買収処分に着手したという事実は、前説示の結論を左右するものではない(未墾地等の買収についての買収令書の交付の承継人に対する効力に関する農地法第六〇条の規定は、同法第七二条の規定による買収に準用されていない)。また、かりに国が昭和三二年一〇月八日買収の対価を供託したことによつて、買収の期日である同月一五日本件土地の所有権を取得しその効力は、足立知信の特定承継人である岩田良一に及ぶと仮定して見るに、国が買収によつて所有権を取得しても、その登記をしないかぎり、所有権の取得をもつて第三者に対抗し得ないことは当然であつて、しかもその所有権取得の登記をしていないことは、前認定のとおりであり、岩田良一が昭和三三年九月二二日合資会社柴六商店に対し、債務の担保のため本件土地を抵当に供して抵当権設定登記を了した(なおこの点については、後記付言するところを参照)以上、国は所有権の取得をもつて同会社に対抗し得ないことが明らかであるので、前に認定したとおり同会社の抵当権実行による競売手続において、本件土地を競落し競落代金を支払い、所有権取得登記をなした控訴人は、有効に本件土地の所有権を取得したものといわなければならない。なお念のため附言すれば、抵当権設定者は必ずしも不動産の所有者たることを要せず、不動産を抵当に供しうる権限(処分権)を有する者もまた自己の名をもつて抵当権設定契約を締結し得ることは、言をまたないのである。そして、前認定の事実及び証拠特に乙第二号証の二、甲第二、三号証の各二によれば、岩田良一は本件土地に関する一切の権限(したがつてこれを抵当に供する権限)を有することが明認されるので、かりに足立知信から岩田良一に対する前示贈与という債権契約によつては、これにつき農林大臣の許可がないので、昭和三二年七月三一日の経過終了とともに、本件土地所有権の移転という物権的効力を生じ得ないにしても岩田良一と前示会社との間になされた抵当権設定行為及びその登記は、これをなす権限を有する岩田良一によつてなされた有効なものであるから、買収に因る所有権移転登記をしていない国は、所有権の取得をもつて、抵当権者である前記会社、及びしたがつて競落人である控訴人に対抗し得ない帰結にいたつては前同様である。すなわち、控訴人は本件土地の所有権取得をもつて、国その他の第三者に対抗しうるのである。

五、ところで被控訴人が昭和三二年一〇月二八日農地法第六八条の規定により国から本件土地の一時使用の許可を得て、同地上に主文第二項掲記の建物を所有し、同地を占有するものであることは、その自認するところであり、他に控訴人に対抗しうる占有権原のあることについては主張がないので、被控訴人は控訴人に対し、右建物を収去して、本件土地を明渡さなければならないことは、以上の説示に照らし明らかである。

以上説示と趣を異にする原判決は不当であるからこれを取消すべく控訴は理由がある。なお控訴人は担保を条件とする仮執行の宣言を求めているが、仮執行の宣言を付するのは相当でないと認めて、これを付しない。

よつて民訴第三八六条第九六条第八九条第九四条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 平田勝雅)

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